第10回若手研究会

 日本タイ学会の第10回若手研究会を10月26日(土)に開催しました。

日時:2013年10月26日(土)午後2時~6時
場所:京都大学総合研究2号館4階 大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(大会議室)

報告者1 稲田奏氏(早稲田大学大学院政治学研究科修士課程)
「2006年クーデタにおけるタクシン・軍・国王のインタラクション分析」

報告者2 小河久志氏 (大阪大学グローバルコラボレーションセンター特任助教)
「周辺イスラームのダイナミズム:タイ南部村落におけるイスラーム復興運動と宗教実践の変容」

【当日の様子】
 稲田氏の報告は、準備中の修士論文をもとに、「2006年クーデタにおけるタクシン・軍・国王のインタラクション分析」と題して行われた。タイで民主主義の定着を阻害している要因は何なのか、という問題意識を根底に据えつつ、2006年クーデタ発生のメカニズム解明を試みる報告であった。
 この報告で稲田氏は、修士論文の内容のうち、タクシンの意思決定に与えた影響を特に取り上げた。譲歩して自ら首相職を辞す場合とクーデタによる失脚の場合各々のインパクトを考慮すると、辞職を選ぶ方がコストは低いが、2006年にタクシンが選んだのはよりコストの高いクーデタによる失脚であった。その要因を、(1)王室の意思決定に関する不確実性と②農村という支持基盤の2つに求め、検証した。先ず(1)について、国王の演説を資料とし、政治へのどの程度の、そしてどのような言及があったかを分析した。タクシンはクーデタが発生した場合に国王が拒否権を行使する可能性が低いと判断したが、これが誤算であったと結論づけた。また、(2)については、地域別平均所得と所得別人口分布を用いて政党位置を推測し、政党位置が自分の所得層に近いほど投票する、というモデルを用いて、自ら首相職を辞した場合には支持基盤を失う恐れがあり、それよりはクーデタにより追放された英雄としての地位獲得を目指した、と結んだ。その上で、王室という伝統的な正統性と民主主義という近代的な制度の間で齟齬が生じているのではないか、という示唆を提示した。
 会場からは、様々な質問やコメントが出された。(2)の検証法や国王の演説に関する解釈、「正統性」や「民主主義」という語の意味内容など個別具体的な指摘のほか、修士論文全体につながる議論もなされた。副題で軍部(というInstitution)と王室(というInstitution)にタクシン(という個人)を並列するのは適当か、という論点の提示や、国王の演説に対する他の主体の発言や反応をインタラクションと呼んで分析出来るのではないか、というアドバイスもあった。

 続く小河氏の報告は、学位授与論文「周辺イスラームのダイナミズム:タイ南部村落におけるイスラーム復興運動と宗教実践の変容」の内容に沿って、同タイトルで行われた。トラン県でのフィールドワークに基づく研究である。ムスリムの宗教実践が表出する場として、(1)イスラーム復興運動団体(タブリーグ)の宣教活動、(2)イスラーム教育の現場、(3)民間信仰をめぐる実践の変容、の3つを取り上げて考察し、それらをローカルな文脈に留まらず、イスラームをめぐるマクロな政治社会的動きに結びつけて分析する、という報告であった。
 (1)について、「正しい」イスラームを宣教する団体の村への新規流入によって、村人は認識上3つのグループに分かれたが、これらは表立って対立するのではなく、むしろ協働する機会が少なくないなど、その関係が錯綜していることが示された。(2)について、教育の方法や手段の多様化によって宗教的な正統性をめぐる対立、イスラームに関する自身の知識や理解が正しいかどうかが意識されるようになった。(3)については、民間信仰の信仰度合い・解釈・実践に対する態度は、(1)と同様3つのグループに分けられ、各々が自身の実践を宗教的に「正しい」ものであると認識しているが、実際にはイスラームと民間信仰の対立・相補・連携といったダイナミクスを生み出している、とまとめられた。さらに、2004年のインド洋津波後には、アッラーへの畏怖の念が深化する一方で、それを反映した現世利益の獲得を主な目的とする宗教実践が興るなど、村人たちの宗教実践が常に変容し続けるものであることが指摘された。
 3つの宗教実践の考察と、自然災害という大きな外的要因の検討から、錯綜した宗教実践こそがイスラーム復興運動の実態なのであり、外からもたらされたイスラームと古くから村内に存在するイスラームは、対立すると同時に親和している、という結論が導かれた。
 会場にはイスラーム研究者も参加しており、イスラーム復興運動における宣教の意味や重要性、タイにおけるイスラームについて議論された。タイでは、イスラームの教えを世俗的な政治に持ち込むことはなく、小河氏が報告で扱ったイスラーム復興運動団体が知識人グループではなく、一般のムスリムのグループである点が、多くのイスラーム国家との違いであることも明らかになった。

(文責:竹口美久)

写真:稲田氏の報告

当日の様子1:稲田氏の報告


写真:小河氏の報告

当日の様子2:小河氏の報告


写真:会場の様子

当日の様子3:会場の様子